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「リニューアル」をマーケティング的に考える〜将棋連盟ウェブサイトをきっかけに


日本将棋連盟のウェブサイトがリニューアルされました。弊社も関連会社に将棋を取り扱ういつつという会社がありますので、興味深く見ていました。さて、ひさびさのホジョセンブログですが、今回は将棋連盟のウェブサイトリニューアルを題材に、「リニューアル」の考え方について述べたいと思います。

以前のケーススタディでは、マクドナルドの60秒キャンペーンを取り扱いました。こちらもぜひお読みください。

リニューアルにあたっての問題意識

リニューアルを語る上で、そもそものリニューアルの問題意識について整理しておく方が良いでしょう。以下しばらくウェブサイトに限定した話ではなく、顧客コミュニケーションのリニューアル、という観点での話になります。*1

なぜ、企業はリニューアルをするのでしょうか。さまざまな理由が背景にはあるでしょうが、突き詰めれば「さらなる成長を企図しているため」です。*2

それでは、リニューアルによって「成長」すると仮定した場合、どういう理屈で成長するのでしょうか。それは単純化すれば、以下の3パターンに集約されます。

  • 既存ユーザーがより多くのお金を使ってくれるように変化する
  • 新規ユーザーを獲得する
  • 売上高は変化しなくとも、リニューアルに伴うコストカットによって利益が上昇する

したがって、リニューアルをする上では、上記のいずれか少なくとも1つは期待している事がほとんどだと思います。この記事の議論では、コストカットは割愛して、最初の2つに絞って考察していきます。

リニューアルは難しい

実は、商品改良を含め、リニューアルを成功させるのは比較的難しいのです。リニューアルによって売上が上昇するとしたら、

⊿既存ユーザーの消費金額 + 新規ユーザーの消費金額 > 0

という関係式が成立する必要があります。既存ユーザーは⊿(デルタ)ですので、差分になります。これはどういうことかというと、

⊿既存ユーザーの消費金額 < 0

となりえる可能性がある、ということでもあります。*3というよりも、意図的に既存ユーザーの消費金額を上げさせるようなプランを組まない限り、リニューアルにあたっては、既存ユーザーの消費金額は減るものだと思ってプランを立てていくべきです。

既存ユーザーと新規ユーザー(現ノンユーザー)

既存ユーザーという存在を考えてみましょう。一般的に、既存ユーザーは現行の商品やサービスにそれなりに満足をしているから「既存ユーザー」として滞留していると考えることができます。つまり、「今が好き」な人たちの集まりです。

そしてもう一つとても重要なこととして、(当たり前じゃないかと思われるかもしれませんが、)現行の売上の100%は、現ユーザーから来ているということです。

したがって、リニューアルをする上で事前にしっかりと検証しなければならないことは、既存ユーザーのロス分を上回る新規ユーザーが獲得できるかどうか、ということです。この検証は、リニューアルをするにあたって、必ず実施しなければならない、避けて通れない検証になります。

リニューアルは難しい、その理由のひとつがここにあります。新規ユーザー、すなわち現行ではノンユーザーの層というのは、

  • そもそも現行サービス・商品を知らない
  • 現行サービス・商品を知っているが手に入らない
  • 現行サービス・商品を手に入れることはできるが、手に入れたいと考えていない

の3層に分かれます。1点目と2点目は、リーチの問題ですが、3点目はコミュニケーションの質の問題です。そして、根本的には1点目と2点目はコミュニケーションのリニューアルをする必然性があまり存在せず、現行コミュニケーションのリーチを広げていくことで新規ユーザーを取り込んでいくことができるため、わざわざリニューアルというリスクを追加で取りに行く合理性は、中長期的な観点では、あまりありません。

よって、リニューアルしたい(または、せざるを得ない)という企業の意図としては、3点目に苦しんでいることが多いです。つまり、新規ユーザーに受け入れられるコミュニケーションを考える必然性があるということです。そして、リーチの拡大という観点を排除すると、新規ユーザーとは、現行コミュニケーションが刺さっていない人たちであるということ。よって現行コミュニケーションと同じことをしていては、新規ユーザーを取り込むことは不可能だということになります。

ここでリニューアルのジレンマが発生します。つまり、

現行のコミュニケーションに満足している既存ユーザー vs 現行のコミュニケーションに満足していない潜在的新規ユーザー

という対立軸がリニューアルには常につきまとうことになります。既存ユーザーをある程度満足させつつ、今までとは違ったコミュニケーションで新しいユーザーを獲得してくる必要があるのです。方や既存のコミュニケーションが刺さっている人たち、方や刺さっていない人たちです。この課題がいかに難しいか、想像できるかと思います。

一般的に、既存ユーザーは変化を好みません。したがって、商品開発等におけるリニューアルでは、リニューアルをすることによって既存ユーザーの数%は離脱することになります。既存ユーザーの数%が離脱するということは、ダイレクトに数%の売上減だということ。つまり、それ以上に新規ユーザーを獲得する必要性があることになります。

どこまで既存ユーザーを失って良いか

そこで重要になってくる指標が、浸透率(Penetration)と呼ばれる、現行ユーザー比率です。分母は全人口にすることもあれば、全世帯にすることもありますし、市場を限定できるのであれば限定した層を分母にすることも不可能ではありません。この浸透率が高いか低いかによって、リニューアルにあたっての考え方が大きく変わってきます

たとえば、ブランドAは市場浸透率が40%あったとしましょう。この場合、既存ユーザーの10%が離脱してしまうと、新規ユーザーをノンユーザーの中から7%ほど獲得しないといけないという計算(=0.04/(1-0.4))になります。一方で、ブランドBは市場浸透率が1%だとしましょう。この場合、既存ユーザーが10%離脱しても、新規ユーザーを0.1%ちょっと(=0.001/(1-0.01))獲得することができれば、トントンです。

コミュニケーションを大きく変えれば変えるほど、新規ユーザーにとって魅力度はあがる「可能性」が高まります(あがるとは言えません)が、同時に既存ユーザーが離れるリスクも大きくなります。逆に、現行コミュニケーションをあまり変えないのであれば、新規ユーザーにとっては魅力度があがる可能性は低くなりますが、既存ユーザーが離れるリスクは小さくなります。

つまり、自社の既存商品・サービスがどれくらい市場に浸透しているかによって、コミュニケーションをどこまでラディカルに変更することができるかが決まります。大きなブランドになればなるほど、リスクをとったリニューアルがしづらいといことです。

ここまで読んでいただいて、「それなら浸透率の低い案件に関しては、ラディカルなリニューアルをしたほうがいいのではないか」と感じられる方もいるかもしれません。ある意味それはギャンブルです。ただでさえ小さい売上の大部分を失いつつ、新規ユーザーには相手にもされないというリスクが常にあります。したがって、大幅なリニューアルをする場合には、新たに進めていこうとするコミュニケーションが、新規ユーザーにしっかりと刺さるものであることを十分に確認してから、そして膨大に存在する潜在的新規ユーザーにしっかりと届けられるリソースを確保してから決断することをオススメします。

将棋連盟が見た「市場」はどこか

さて、今回の将棋連盟のウェブサイトリニューアルですが、これはマーケティング的な観点からするととても興味深い取り組みです。仮に将棋連盟の既存ユーザーを「将棋連盟のサービスにお金を支払っている人」と定義すると、この人たちの「市場浸透率」はどれくらいになるでしょうか。

ここで、分母をどのように定義するかで大きく結果が変わることになるかもしれません。たとえば、分母=将棋人口、とみなした場合、リニューアルの目的は、「将棋を指している人たちの中で、まだお金を使ってくれていない人たちに、お金を使ってもらおう」となります。一方、もしも分母=日本人全員、とみなした場合、リニューアルの目的は「将棋ファン以外の人を将棋ファンに取り込み、お金を使ってもらおう」となります。

そしてもっと重要なポイントとして、前者の場合は大きなコミュニケーション変更はリスク的に取りづらいが、後者の場合は大きなコミュニケーション変更をしやすいということです。もちろん、この2パターンは両極端な2パターンなので、将棋連盟が実際のところ何を考えていたかは僕にはわかりませんが、映画やTVアニメが立て続けに始まりますので、ちょっと広い視野で見ているのかもしれませんね。

将棋も、将棋人口の外を見るとものすごくたくさんのホワイトスペースが存在しています。将棋に興味がないホワイトスペースに乗り込んでいくのか、それとも将棋に興味がある人の中で事業を進めていくのか、これはどちらが正しいという話ではなくて、戦略上の決め(とリソース)の問題です。成功の確度を重視するか、成功のインパクトを重視するか、さまざまな議論が想定できそうです。

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以前のケーススタディでは、マクドナルドの60秒キャンペーンを取り扱いました。こちらもぜひお読みください。


^ (*1) ここでいう顧客コミュニケーションとは広義に捉え、ウェブサイトを含む広告宣伝のみならず、4Pに代表されるような各マーケティングミックスが含まれます。

^ (*2) ここでいう成長とは絶対的な成長だけではなく、with/withoutの差分を含みます。with/withoutの差分とは、リニューアルをしなかったらIndex 80で減衰していくところを、リニューアルをしたところIndex 90の減衰でとどまるのであれば、その差分はリニューアルによる成長とみなす、という考えです。

^ (*3) 食品や消費財のカテゴリにおいては、リニューアルにあたって既存ユーザーが去っていくことは、必ず織り込んでおかなければならないポイントですが、それ以外のカテゴリにおいても適用可能な考え方です。